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ワタシクリエイターインタビューvol.01  Shokoの場合

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Emorvのデザイナー・プランナーである祥子さんは、いくつかの転職を経つつ、クリエイティブの世界で10年以上もまれて続けてきた。祥子さんに、クリエイティブへの思い、女性クリエイターとしての働き方、Emorvで働くということについて、お話を伺った。
福井出身の祥子さんは、短大卒業後、大阪のデザイン制作会社に就職した。 「グラフィックもWebも映像も、といういろんなものを手がける会社で、社会人としての常識から仕事上のスキルに至るまで、手取り足取り教えてもらって。職場のみんなには、本当に可愛がってもらいました」。恵まれた人間関係の中で、仕事の難しさや楽しさをひとつひとつ学んでいった祥子さんだが、遠距離恋愛をしていたパートナーとの同居をきっかけに上京、転職する。

生活の安定か、仕事のやりがいか

転職活動をするにあたって、決めていたことがあった。
「これからは、彼との生活を大切にできるような働き方にシフトしよう、と思ったんです」。制作会社の多くは労働時間が長く、土日出勤もざらにある。夢中で働いていた時はそれでよかったが、パートナーとの同居が決まり、そうした今までの働き方に限界を感じるようになっていた。「勤務時間が決まっていて、安定しているところ。仕事に向き合うことが生活の2人の時間を圧迫するのであれば、デザイン制作には少し関われていればいい」。そんな基準で転職先を決めた。ところがなかなかうまくいかない。デザインに対する位置付けが低く理解が得られなかったり、安定を求めたはずなのに激務を強いられたり・・・制作会社、インハウスと形を変えながら、祥子さんは結局3回の転職をする。

たくさんの仕事を手がけるものの、祥子さんの中には、仕事に対する虚しさが募るようになっていた。
「あれ、物を作って人に提供するって、こんなものだったのかな、わたしのしていることって社会の役に立っているのかなって」。その一方で激務は続き、祥子さんは子宮筋腫を患うようになる。

度重なる転職。子宮筋腫。パートナーと同居したくて転職してきたはずなのに、パートナーとの関係にも危機が訪れており、祥子さんにとって、自分の生き方・働き方を見直す時期が来ていた。

クリエイティブを思いっきりやりたい

「いったいどうしてこんなことになっちゃったんだろう」。病室で祥子さんはひとり考えていた。
あれ、やりたくないことをやり続けて我慢しているからこんなことになってるのかも、ってふと思ったんです。自分で選択して、良かれと思ってしていたことが、全部裏目に出ているんだって気づきました。」

もう、やりたいことをやれる会社を選ぼう・・そう思いながら転職サイトを見ていた祥子さんの目に、Emorv.の求人情報が飛び込んできた。「自分の大事にしたいことは何だろう?」そう考えた時に祥子さんの頭に浮かんだのは、「女性として生きるということ」、「クリエイティブ」、そして仕事以外の時間で注力してきた「ワークショップの企画運営」の3つだった。
「で、その3つのワードで検索をかけたら、Emorv.に行き当たったんです。」前のめり気味に病室のベッドから問い合わせメールを送った祥子さんは、退院後すぐ、Emorv.の面接に臨んだ。
「面接行ったらその日のうちに、『じゃあもう明日から来てー』みたいな軽いノリでびっくりしましたね」と、当時の印象を語る祥子さん。社長のさわこさんにも祥子さんの第一印象を聞いてみた。

「もう、この子だな、って思ったんです。辿ってきた経緯を聞いて、デザインだけじゃなくて企画がしたいと思っていて、社会の役に立ちたいっていうマインドがある。デザインという仕事の幅を広げたいって感じている人なんだな、と思って。この仕事をちゃんとやってくとそこに必ずぶちあたるから、今ぶちあたって悩んでる人にきて欲しかったんですよね。だから、どんぴしゃだった。」と笑う。

祥子さんの方も、「ここしかない」という確かな手応えをEmorv.に感じていた。

「共感できる理念とクリエイティブな感性が真ん中にあり、デザイン業務とワークショップが両輪にある、というスタイルがわたしの理想だったんです。いくつかの会社を経て、これがやりたいと確信していました。」

周囲に適合して生きることを優先し、自分の「こうしたい」という思いに蓋をし続けてきた。その結果、体も患ったし、パートナーとの関係性も行き詰まった。そうした女性に起こりがちな困難を経て祥子さんに残っていたのは、「我慢せずクリエイティブな仕事を楽しみたい。自立して、周りも幸せにしながら生きたい」という願いだった。そして、他の女性にもそのように自分で自分の生き方を選んで、我慢せず楽しみながら生きてほしいと思ったのだという。

「この会社で、クリエイティブを広義の意味で楽しみたいと思った。自分が妥協して、自分で勝手に今までの仕事もつまらなくしていた。もう、妥協せずにクリエイティブの世界に生きたいと思いました」そう語る祥子さん。入社後の様子について聞いてみた。

「最初の頃はやっぱり、相手に合わせることが癖になっていて、自分が何を欲しているのか蓋をしてしまうようなことはあったと思う」と祥子さんは話す。しかし、Emorvの大切にする、対話を中心とした関係性や、自分の源にあるものに絶えず立ち返ろうとするあり方が、祥子さんを少しずつ変えていった。当初の希望通り、デザインの仕事とワークショップの企画運営にも携わりつつ、働き方もシフトしながら新たな領域にもチャレンジしている。 そうやって自分のやりたい仕事をやっていくうち自分ごととして仕事ができるようになり、「自分が変わると周りも変わる」というように、パートナーとの関係も良好になったのだという。

さわこさんに、祥子さんの変化を聞いてみた。

「今は最初の印象とは全然違いますね。彼女は見えないビジョンを分かりやすく具現化する所に大きな力を発揮します。そういう、自分の得意なところで、自分で判断して自意見を出せるようになったことが、彼女の大きな変化。それによって仕事もスピード感が出てきた。わたしがつくりたかったのは、そうやってみんながわいわいと楽しみながらアグレッシブにやっていく会社。祥子さんの存在によって、Emorv.がそういう会社になっていっていると感じます」(さわこ)

自分自身を真ん中に据えて、クリエイティブの道を進んでいく。祥子さんのチャレンジは、今日も続いている。
つかさ

つかさ について

ファシリテーター・ライター

中央大学卒業後、官公庁勤務を経て、10年間公立小中学校で教員として働く。子どもの幸せは周りの大人の幸せと密接につながっている、との気づきから、2013年、産後ケアの啓発に取り組むNPO法人マドレボニータに転職。豊かな関係性の中で女性の肯定感を育む産後ケアのあり方をテーマに調査研究を行っている。個人活動として、共感的な場の中で自分らしさを表現する「短歌の会」の開催や、自分自身を源として世界を創る起業家へのインタビューや事業レポートの執筆等を行っている。